§第５６話　無人で運ぶ
　Ｄ社の看板方式は指定された時刻に部品を納入しなければならない。納入できないと製造ラインスト
ップになる。　ラインストップは口座停止にもなりかねない最悪の事態である。

　わが社の仕入先Ｆ社はＪＲ東海道新幹線のＴ駅近郊で新大阪駅まで２時間である。

　どんなトラブルか理由ははっきりしないが、Ｄ社の製造ラインに流れている試作部品がどうしても足り
ない。午後までに納入しないと重大事態に陥ってしまう。Ｆ社の人がその部品を引提げて新幹線で出張
してくれれば間に合うのである。所が生憎く出張出来る人の余裕がないという。Ｆ社の一人から提案が
出てきた。次のように言うのである。

　Ｔ駅で新幹線の前から２両目の進行方向を向いて右の最前先の網棚に乗っけて置く。Ｆ社の者は
乗らない。新大阪駅で受け取ってくれという。

　無人で運ぼうというのである。誠に名案、物理的には可能な方法である。折しもその頃、網棚に置か
れた荷物の爆発事件あり、大騒ぎがあったばかり。時期が悪い。車掌が頻繁に車内を循環し目を光らせ
ているのだ。

　無茶なこと言わんといて！！Ｆ社のその人は「冗談、冗談！！ついて行きます」

　一件落着。間に合って何事もなかった。

　その後、この無人で運ぶ秘策。一度使ってみたいなとの欲望に駆られること度々だったが一度も
採用したことはなかった。


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